薩摩は二重鎖国と呼ばれるほどの状態で国境への侵入は容易でなかった.

西郷は月照を薩摩に引き入れるため裏工作を行っていた.



薩摩の隠居が斉彬の作った新式の大砲などを改めだした.

斉彬の未亡人が西郷に月照が薩摩に到着したときかくまうと言う.死んだ斉彬に対する最後の奉公として.



そんな中,月照が薩摩に到着した.


この時,月照の薩摩侵入はすでに藩に密告されており,月照には謹慎および面会謝絶が告げられる.



そして月照に日向送りが告げられる.その護送人に西郷が任される.

役人たちが月照をかくまうことによって幕吏たちによって処刑されることを恐れたためである.



西郷は薩摩藩がこのような腰抜けになってしまったことをひどく嘆いた.




そして輸送途中の船内において,西郷は月照を殺そうと刀に手をかける.

そのとき月照が振り返り二人は見つめ合う.西郷は意を決して月照の肩をもちともに船から飛び降りた.

二人して死ぬために.



その後,二人は引き上げられ,月照はすでに息絶えていた.西郷はわずかに息があった.

大久保らは西郷が死んだこととしてもらい西郷を引き取ることができた.



「わが胸の 燃ゆる思いに比ぶれば 煙は薄し 桜島山」西郷



吉之助が自力で起き上れるようになったのは12月の半ばになってからだった.

そして大久保は井伊がさらに伊予伊達公,土佐山内公などまで捕縛したことを告げる.



条約調印に反対であった勤王たちにもその手が伸び朝廷関係者たちにも弾圧が行われだした.

朝廷も次第に及び腰になっていった.このことがまた志士たちの闘志に火をつけたのだった.



鹿児島では西郷に奄美大島行きが命じられた.藩命だった.

西郷はあっさりそれを承諾する.大久保らは大反対する.精忠組の柱として何としても生きてもらわなければならないと.


それに対して西郷は月照とともに死のうと思ったのに死ねなかったのは天命であり,これからは天命に従うことにする.奄美大島行も天命だという.


そして奄美大島に行った.その途中の船内にて西郷は精忠組に対して命令文(心得文?)をしたためた.



一方大久保は,今回の井伊の件を目の当たりにして権力のすごさを思い知った.

そして時の薩摩藩での権力者である藩主久光に取り入ることを決意する.憎むべきお由羅の子であることは分かっているが,そのようなことは小さなことであって,目的のための手段でしかない.自分の志のためそれを恥とせず,どのような屈辱にも耐え忍ぶ覚悟であった.